第43回 代表曲を聞いてみよう!(その35)
第42回 代表曲を聞いてみよう!(その34)
「AUTUMN LEAVES (枯葉)」~ 101ストリングス
101ストリングス・オーケストラ(101 Strings Orchestra)は、101本の弦楽器を中心に打楽器・管弦楽あわせて約140名におよぶ大編成オーケストラ。 略称、101 Strings。
レコーディングのためのオーケストラとして1957年にドイツのハンブルクで結成され、1964年からイギリスのロンドンに本拠地を移す。1978年のレコーディングを最後に長らく活動を休止していたが、1998年発売の「TITANIC -HIGHLIGHTS-」で活動再開。
管弦楽セクションにはロンドン交響楽団・ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団・ハンブルク交響楽団ほかヨーロッパの一流オーケストラのコンサートマスターたちが多数参加している。一般向けのコンサートは一切行わず、レコーディング活動に徹している。(wikipedia より)

第41回 代表曲を聞いてみよう!(その33)
「 詩 人 と 私 」 ~ フランク・ミルズ
フランク・ミルズは、カナダのオンタリオ州トロントの出身のピアニスト、作曲家、編曲家、指揮者、音楽プロデューサです。
子供の時にピアノとトロンボーンをマスターし、16歳で作曲もしたという[1]。マギル大学卒業後、一度サラリーマンになったが、音楽の夢を捨てきれず、まず友人たちとロック・グループ「ザ・ベルズ」を結成、1曲だけ全米大ヒットを生んだが、限界を感じたのと自分の望みを貫くため、グループを解散し独立しました。
1974年に、最初のアルバム『The Poet And I』(詩人と私)を発表しました。 プロモーションのためにその中の1曲「愛のオルゴール」(Music Box Dancer)を1978年にDJ向けにシングル・カットし、これをオタワのDJデップ・ワッツが聴いて気に入り、オンエアを重ねた結果、1979年に同曲がカナダ、アメリカなどで大ヒットし、1979年5月5日には、ビルボードの全米ヒットチャートで最高位3位を記録するまでになった。これを機に、アルバム曲のタイトル曲「詩人と私」もドイツで大ヒットしました。
- 「詩人と私」はNHKラジオ第1「ラジオあさいちばん」「NHKマイあさラジオ」「今日は何の日」のコーナーのBGMとして長く使われています。(Wikipediaより)

第40回 代表曲を聞いてみよう!(その32)
ミシェル・ルグラン(1932年2月24日 - 2019年1月26日)は、フランスの男性の作曲家、ジャズ・ピアニスト、映画監督、俳優。パリ出身。歌手のバンジャマン・ルグランは次男。女優のマーシャ・メリルは妻。
パリ20区メニルモンタン生まれ。父は指揮者・作曲家のレイモン・ルグラン、母親はマルセルはアルメニア人で、楽譜出版社を経営者。2歳年上の姉はのちにスウィングル・シンガーズのリード・ソプラノとして名を成すクリスチャンヌ・ルグランという音楽一家で育つ[3]。
パリ国立高等音楽院でナディア・ブーランジェのピアノ伴奏クラスにおいて学び、1950年代からジャズ、映画音楽の分野で活動。ジャック・ドゥミ監督と共に手掛けた『シェルブールの雨傘』、『ロシュフォールの恋人たち』をはじめアカデミー歌曲賞を受賞した『華麗なる賭け』(主題歌『風のささやき』)、『おもいでの夏』、『愛と哀しみのボレロ』(フランシス・レイとの共作)、『栄光のル・マン』『ネバーセイ・ネバーアゲイン』など数々の映画音楽を創作し、20世紀後半のフランス映画音楽界を代表する存在である。携わった作品の数はテレビも含めると200以上に上る。(Wikipediaより)

第38回 代表曲を聞いてみよう!(その30)
「 マンドリン セレナーデ 」~映画「ニューヨークの王様」より ~リビングストリングス
リビング・ストリングスは、1959年にRCAビクターによって設立されたスタジオ・オーケストラで、RCAカムデンの予算レーベルから一連のイージーリスニング録音が発売されました。また、リビング・ヴォイセス、リビング・ブラス、リビング・ギターズ、リビング・マリンバ、リビング・ジャズ、リビング・トリオ、リビング・パーカッション、リビング・オルガンという関連グループもありました。
RCAビクターのレコードプロデューサー、エセル・ガブリエルは、エレベーター・ミュージックと呼ばれるようになったポピュラー・チューンのイージーリスニング・インストゥルメンタル・ストリングス・バージョンである「リビング・ストリングス」シリーズのアルバムを制作しました。
リビング・ストリングスとして知られる実際のオーケストラは存在しませんでした。ほとんどのレコーディングのオーケストラは、レコードを作るために集められたさまざまな英国のオーケストラのミュージシャンで構成されていました。(ジョニー・ダグラスは頻繁に指揮者兼編曲家でした。)ハリウッド、ナッシュビル、ニューヨークの標準的なセッションに加えて、一部のLPは他の国(メキシコ、イギリス、ドイツなど)で録音されました。
リビング・ストリングスの最初のリリースは、ダグラスが編曲・指揮した『リビング・ストリングス・プレイ・ミュージック・オブ・ザ・シー』だった。彼が手がけたリビング・ストリングスのもう1枚のアルバム『Feelings』は、RIAAゴールドを獲得しました。リビング・ストリングスは1968年にグラミー賞を受賞しました。(Wikipediaより)

第37回 代表曲を聞いてみよう!(その29)
~ 「新日本紀行」 ~ 富 田 勲
富田 勲(とみた いさお)1932年〈昭和7年〉4月22日[1][2] - 2016年〈平成28年〉5月5日は、日本の作曲家、編曲家、シンセサイザー・アーティスト(シンセサイザー音楽作家、シンセサイザー奏者)。
冨田氏は1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、NHKや民放のラジオ番組、テレビ番組、映画、虫プロダクション関連のアニメーション等々、映像作品の音楽を数多く担当した。これらの作品は後年のシンセサイザー・サウンドとの連続性は少なく、むしろ親しみやすいオリジナルメロディ、時にジャズ調も交えた華麗なオーケストレーションなどで高く評価された。現在も多くの昨品がCD等で愛聴されている。
やがて古典的な「アコースティック楽器のオーケストラ」の音に飽きたらなくなり、当時新たに登場してきた電子機器と古典的楽器の音を融合させるなど、様々な音楽の可能性を追求するようになった。1969年に電子楽器モーグ・シンセサイザーに出会ったことを転機に、以降は古典的名曲を現代的な解釈を加えて編曲し、自宅スタジオでシンセサイザーを演奏・多重録音することが活動の中心となる。1974年発表のアルバム『月の光』がビルボード・クラシカルチャートで2位を記録し、続く『展覧会の絵』が同チャート1位となり世界的に名が知られた。(解説はウィキペディアWikipedia 等を利用しています。)


